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ウエラ名古屋森下生真×山﨑武司
2018年4月9日、ウエラ名古屋社長・森下と元プロ野球選手・山﨑武司さんの対談が行われました。仕事に対する想いや趣味のことなどについて、二人が熱く語り合いました。
血統書付きのドラゴンズファン森下が認めて欲しいと願った男・山﨑武司
司会:ウエラ名古屋社員 瀬戸口忠治
司会 最初の質問は「なぜ、山﨑さんなのか?」です。社長、今回のトークショーを行うに至った経緯も兼ねて教えてください。
森下 実は、うちのおじいさんがドラゴンズの球団代表だったんですよ。だから『血統書付きの中日ファン』と自称しているんです。こんな中日ファンの僕の忘れられない試合が、1999年ナゴヤドームの最終戦です。
山﨑 1999年は優勝したんですが、ジャイアンツにかなり追いつかれていました。
その日、中日はデイゲーム、ジャイアンツはナイターだったんです。だから、ジャイアンツの選手は中日戦の経過を見ていたんですよ。9回2アウトで僕が逆転ホームランを打ったことで、ジャイアンツナインが「もう(優勝は)無理だな」と言っていたようです。
森下 優勝を決めたといっても過言ではない試合でしたよね。
山﨑 実は、星野監督への反骨心から生まれたホームランだったんです。それを皆さんが覚えていてくださるのはうれしいですね。
森下 僕の頭の中に一生残る試合です。
僕は会社をやるようになって、コーティングも愛知県ではそれなりに有名になりました。でも、さらにコーティングの良さをたくさんの人に知ってもらうためにどうすればいいだろう、と考えているときに「あの男がいるじゃないか!」と思ったんです。
山﨑さんは大の車好きとしても有名です。それで、「フェラーリを磨かせてもらえたらきれいになりますよ」とオファーしました。でも、ただ仕事として受けていただくだけでは面白くありません。僕が山﨑さんのファンであるように、山﨑さんにもウエラのファンになってもらいたいと思ったんです。
山﨑さんにすごくコーティングを喜んでいただけて、奥さまの車(ベンツGクラス)やアヴェンタドールにもコーティングさせていただくことになりました。
山﨑さんにこんなに喜んでいただけたので、今度はウエラが86レースのスポンサーとして山﨑さんを応援しよう!となりました。こうしたご縁で、今回のトークショーを開くことになったんです。
司会 そんな熱いオファーを受けて、山﨑さんはどう思われましたか?
山﨑 僕は車が好きで古い車とかをたくさん持っていますが、「ちゃんと動かなくちゃいけない」「きれいじゃなきゃいけない」というポリシーがあります。だから、この25年前のフェラーリも自分なりにきれいにしてきたつもりなんです。
森下社長からこの車をもっと輝かせてくれるというお話をいただいたとき、「できるもんならやってみてくださいよ」とちょっと上から目線な感じだったんですよ(笑)。
僕も色々なコーティングをやりましたけど、大体3~4日で仕上がってくるんですよね。それが2週間かかると言われたので「えらく長くかかるな」と思いました。
2週間後に仕上がったフェラーリを見て、最初に赤がより濃い赤になったという印象を持ちました。フェラーリの塗装は非常にやわらかいので、洗車をすると磨き傷ができるんです。その磨き傷も全部とってくれたというので、これはなかなかの出来上がりだと思いましたね。それからウエラさんの磨き方を熱く語られた、という出会いです。
僕もどうしたらこんなにきれいになるのか興味があったので、10層構造って何が10層なのかなど色々教えていただきました。25年前の車が新車のごとくよみがえったのはうれしいですね。
野球嫌いのホームラン王と洗車嫌いのカーコーティング屋
司会 次に「それぞれの職人道」についてお聞きします。社長はいつから職人道に入ったんですか?
森下 (小学校)4年生かな。先代がカークリーニング屋さんで、夏休みになると駆り出されるんですよ。だから、車を洗うことが得意になったんですよね。奥さんも「僕と結婚したら毎日洗車してあげるよ」って口説いたんです。
でも実は、自分の車には無頓着で、洗車屋なのに車を洗うのはあまり好きじゃないんです。
山﨑さんも、野球があまり好きじゃなかったんですよね?
山﨑 野球はあまり好きじゃないですね。現役時代も練習を追い込んでやろうと思ったことはないです。どうやって体を温存して試合でいいパフォーマンスを出すかということばかり考えていました。野球に対する欲がなくて、ダメなら辞めるという気持ちで毎年やっていましたね。
ただその昔、子どもの頃のスーパーカーブームで、ランボルギーニカウンタックを見て衝撃を受けたんです。それから「絶対野球選手になってお金を儲けてカウンタックを買おう」というのが野球をやる上でのモチベーションだったんです。
森下 野球が好きじゃないのに野球選手として成功した山﨑さんと、洗車が好きじゃないのにコーティング屋をやっている僕はなんだか共通点がありますね。
山﨑さんに聞いてみたいことがあるんですけどいいですか?
山﨑さんはプロになって9年間は2軍だったのに10年目でいきなりホームラン王になりましたよね。どうしていきなり取れたんですか?
山﨑 僕は(ホームランを)通算403本打っています。400本以上打った選手のほとんどはプロ10年目には200本くらい打っているんです。でも、僕は9年目までは30本くらいしか打っていません。だから、1軍で活躍するとか、ホームラン王になるとかは自分には関係ないことだと思っていました。欲がなくなっていたんです。
ところが、9年目でホームランを16本打てたんです。当時の背番号が22で、もうちょっと頑張ったら背番号に届くなと思ったら欲が出てきたんですよね。10年目のオープン戦最後の試合で2本のホームランを打って「行ける」と思いましたね。
それからはパチンコでいう『確変』状態ですよ。いつか終わるだろうと思っていましたが、1年間続いちゃいました。3,000万円の年俸がホームラン王を取ったことで1億2,000万円になりました。
それで、もっと活躍したらもっと金儲けができるかなっていう欲が出たんです。いい仕事をしたり、成長したりするために「欲」は大事だと思うんです。だから後輩にも、あの人が持っているものを買えるように自分も頑張ると思えるように、「もっと人のものを欲しがれ」と言うんです。
物欲がすべてではないですが、これもひとつのモチベーションだと思います。いい仕事をすればみんなに認められて、あとから報酬が付いてくるということが年を経て分かるようになったんです。
37歳からの改革・山﨑武司の職人道。最高のパフォーマンスのために。
森下 楽天で再びホームラン王と打点王を取りましたが、若いときとは全然違ったんじゃないですか?
山﨑 本当は楽天に行くつもりはなかったんです。でも、息子から「寂しいんなら野球やれば」「パパの野球をしている姿を見たい」と言われて、1年だけ頑張るつもりで行ったんです。
ずっと、ホームラン王を取ったとかプロ野球界でもトップを取ったというプライドがありました。そのプライドが邪魔をして、人の話に聞く耳を持たず閉鎖的にやっていたんです。
だから、仙台に行くときに、「人の話に聞く耳を持って、一度考えてから良いか悪いかを決めるようにしよう」と決めました。それから、技術的には「自分がこれだと思ったことは、打てなくても1年間やり通す」ということを決めました。
森下 それで田尾監督のアドバイスを聞いてやってみようと思ったんですね。自分の心が変わったということですか。
山﨑 まずはそこですね。技術なんて変わりません。自分の考え方を変えるのが一番の方法なんじゃないかな。ホームラン王なんて欠片も思ってなかったですよ。最初は田尾監督から「代打で頼むな」と言われていましたからね。
森下 楽天2年目に野村監督に代わりましたが、野村監督との出会いも大きかったのでは?
山﨑 そうですね。野球嫌いでしたが、子どもの頃、最初に野球をしたときは確かに好きだったんです。「その気持ちをどこに忘れてきたんや」と言われました。
それから、「何も考えずに打つのには限界があるぞ」とも言われました。年を取れば体力もパワーもすべてにおいて劣ってきます。だけど「お前には経験があるだろ」と。その経験を活かすには頭を使わなきゃいけない、そうすればまだ伸びしろはあると野村監督に教えていただきました。
1年目は25,6本、2年目は17、8本と下がったんですよ。でも3年目に43本打てたんです。自分でも何が起きたのか分からなかったですよ。
野村監督は狙い球とか、配球とかを勉強させてもらいました。試合をする前の準備ですね。球場に来ていきなりバッターボックスに立ってもいい仕事はできません。
森下 僕らとちょっと似ていますね。僕らの仕事も行き当たりばったりでは、いい仕事ができませんから。
山﨑 プロには絶対に必要ですよ。どんな仕事でも一緒だと思います。
僕なら、朝起きて調子が悪くないか確認して、だるかったら風呂で体を温めて球場でケアするとか、下半身に切れがないと思ったらダッシュを入れるとか、そういうプランを立てて球場に行くことがいい仕事につながるんです。
森下 ウエラは日曜定休なんです。そして残業もできるだけせず、就業後は自分の投資に時間を使うように言っています。そのかわり、与えられた8時間をしっかり考えて動かないとライバル店に負けちゃうよね、と伝えているんです。
山﨑 人は休まないと頭も体もスッキリしません。でも、最近のプロ野球選手はすごく練習するんですよ。僕はそういった考えは好きじゃありません。休みはしっかりと休んで家族や自分へのご褒美・趣味に使うべきです。そうすればまた仕事を頑張ろうと思えますよね。
だから、後輩にも休みに練習するなと言うんですが「身体が動かなくなりますから」と言うんです。「1日休んでパフォーマンスが下がるなんて2流だよ」と返すんですけどね。
僕なんて、シーズンが終わったら練習は何もしないですよ。休息と遊びでオフの期間に発散するんです。それで、キャンプに向けて少しずつ体づくりをしてく。だから故障しなかったんですよ。
チームの躍進に重要なのは、土台となる基礎と意識改革。
森下 ウエラ名古屋はひとつのチームとしてコーティングをしています。弱小チームと言われた楽天は、どうして短期間で優勝争いできるまでに成長できたんでしょうか。
山﨑 楽天は、クビ寸前の選手の寄せ集め球団でした。だから勝てるわけがないんですよ。会社でいうなら1年目の会社です。先輩後輩がなくて挨拶も全くできないような状態でした。
まずは、ここを変えなきゃと思ったんです。野球を辞めたって、挨拶や返事ができなきゃ絶対にダメだからと、「できん奴は何回でもやらせるぞ」って。
森下 社会ではとても大事なことですよね。
山﨑 あとは、野村監督の教えを守ってみんなが基礎を勉強して土台を作ったことでしょうね。
基本的なことができなかったらいい仕事はできません。例えば、1~10の段階があるとすると、プロになれば、1~5はできて当たり前のことなんです。だから、5~10のことばかりやってしまいます。でも、実は1~5の基礎が大事なんです。
森下 そうして原点に戻れたのは、強くなりたいという意識改革があったからでしょうか。
山﨑 やっぱり考え方や姿勢ですよね。どんどん変わっていきました。
森下 お聞きしていて、意識改革がみんなに浸透したんじゃないかな、と感じました。
ウエラ名古屋というチームも意識を変えたいと思って、「俺たち宇宙一だぜ」というスローガンを掲げたんです。日本一でも世界一でもなく、宇宙一を目指そうよ、と。
そうした高みを目指さなければ向上していかないですし、それくらいの意気込みでやらなければ、ウエラのコーティングを選んでいただいたお客様にも失礼だと思うんです。
山﨑 野球界でいえば、社長は監督です。そして選手はウエラさんの職人さんと一緒の立場ですね。
僕が、この人ならついていける、この人はスゴイと感じた監督は、あまり言葉を発しないんです。「オレの背中を見て学べ」という感じですね。
僕は「オレが責任を取るから頑張れ」という言葉が嫌いなんです。監督は責任を取って辞めればいいかもしれませんが、選手はそういうわけにはいきません。それは、責任を取るとは言わないと思うんです。
チームがピンチの時、例えば火の中に飛び込まなきゃいけないような状況で、部下に「お前行ってこい」じゃなくて「オレが先に行くから後からついてこい」と言ってくれるボスの方が僕は信用できますね。
森下 それはちょっと僕に言われているみたいですね。
山﨑 色々な経営者さんとお付き合いをさせてもらっているけど、素晴らしい社長さんは「従業員100人じゃなくて、その家族も含めて500人の運命を背負ってるんだ」と言われます。指導者になったときには、僕もそんな風に考えられるようになりたいですね。
世の中に絶対必要な仕事ではない。それでも喜んでくれる人たちのために。
森下 山﨑さんはファンを大事にされていますが、ファンサービスにはどんな想いがありますか。
山﨑 例えばお医者さんとか、世の中に絶対に必要な仕事もあります。でも、野球がなくても世の中はまわっていくんですよ。
ウエラさんの仕事も、どうしても必要かといえばそうじゃない。野球と一緒だと思います。車をきれいにしなくても、走ればいいという人もいるわけじゃないですか。
だけど、喜んでくれる人がいるんです。応援してくれる人がいるのなら、その人たちの期待に応えなきゃいけないと思います。
森下 ファンの笑顔は山﨑さんにとってひとつのモチベーションになるんじゃないですか?
山﨑 笑顔もだけど、やじられることもなんとも思わないんです。期待されているから、注目されているからやじられるんだな、と思っているので。
特に仙台に行って変わりましたね。 東北の震災があって、みなさんがあたたかく楽天を応援してくださって一緒に日本一になった。僕は日本一には参加できませんでしたが、そうして応援してくれた人に恩返ししたいという思いがあります。
だから、仙台のイベントや子どもたちの野球大会、寄付の活動を続けています。現役を辞めたらやらない人もいますが、僕はできる限り続けたいと思っています。
山﨑少年が抱いた車への憧れを今の子どもたちへ。
司会 次のお題「趣味とは」。自動車の魅力を語っていただきたいと思います。
山﨑 ランボルギーニ アヴェンタドールは、ランボルギーニの一番上のグレードです。子どもの頃に憧れたカウンタックと同じでドアが上に開くんです。これがひとつの魅力ですね。
子どもの頃にカウンタックに憧れて、乗れるようになりました。ただ、プロ野球選手になってこうした車に乗るようになって、もうひとつの考えができました。子どもの野球教室やサイン会のときに、必ずスーパーカーに乗っていくんです。
なぜかというと、「野球選手ってスゲー」「こんなカッコイイ車に乗れるんだ」という感動が子どもの野球をやるモチベーションになればいいなと思うからです。
僕たちは、野球を指導することも大切ですが、野球をしてくれる子どもたちを増やすことも大切な仕事です。賛否ありますが、自分の趣味だからというだけじゃなく、そんな思いもあってこうした車に乗っています。現役を辞めると車を処分する選手が多いんですけど、僕は増やしましたからね。
色々な車を所有しましたけど、一番長く乗っているのはランボルギーニですね。ランボルギーニの歴史に少し自分をだぶらせているのもあるんです。
フェラーリはいわばお坊ちゃまです。ランボルギーニは耕運機屋からのし上がった雑草魂があるんですよね。そんなところが自分と一緒じゃないかと勝手に思っているんです。
森下 アヴェンタドールは2年経っているということですが、結構磨き傷ができていましたね。
山﨑 2年といってもほとんど乗ってないんですよ。でも物は年数が経つと古くなりますからね。それをウエラさんにコーティングしてもらったことで新車と変わらない輝き、新車以上の輝きを取り戻してくださり、嬉しいかぎりです。
森下 フェラーリには特別な思い入れがあるんですか?
山﨑 実は、86レースをやるにあたってマニュアルを練習するために買ったんっです。この前にもう一台フェラーリ360も買ったんですけど、乗っているうちに、このフェラーリF355がすごくよくなっちゃって。
古い車ですけど、かなり手を掛けて直したんですよ。買ったときは、こんな輝きではなかったんです。ウエラさんにコーティングしてもらってから、どこに行っても「新車みたいだな」「めちゃくちゃきれいやん」って言われるんです。そしてその後に必ず「売ってください」言われるんですよ。
アヴェンタはあまり売ってくれと言われないんですけど、フェラーリF355は売ってくれと言われますね。それくらいできがよく磨いてもらったので気に入っています。
森下 嬉しいです。売らないでくださいよ。
山﨑 人が欲しい、欲しいというときには売りませんよ。本当に25年前の車には思えないくらいの仕上がりですね。多分ご苦労されたんじゃないかなと思います。
森下 地が出はじめているところも若干あるんですよ。その見極めが必要でした。また野球教室に乗っていったら、子どもたちが喜ぶと思いますよ。
争いと刺激の中で輝き続ける人生を選んだ男たち。
司会 最後のテーマは「人生とは。50代60代をどう生きるか」です。ところで山﨑さん、先日の86レース、初の表彰台おめでとうございます。
山﨑 Bレースだったんですが、やっぱり表彰台に立つのは気持ちいいですね。僕以外にスポンサーやメカニックとかいろいろな方が携わってくれています。そこで結果を出すのは喜びですね。
でも、裏方さんが夜中直してくれることを考えるとそれが辛いですね。
森下 そもそも、なぜレースを始めたんですか?
山﨑 車は好きなんですけど、レースには興味がなかったんですよ。でも、誘っていただいて、まわりから固められて始めたんです。
森下 野球を引退してもレーサーとしてやっていくのは刺激になるんじゃないですか?
山﨑 燃え尽き症候群ってありますよね。野球選手もそうなんです。過去のスゴイ実績を残した先輩方も、引退後の生活スタイルを見ていてうらやましいと思えませんでした。
僕も、このまま人と争わずに年を取って、仲良く手を繋いで一緒にゴールしようという風にならなきゃいけないのかなと思っていたんです。でも、物足りないな、と。誰かと何かで争いたい、ギラギラしていたいというのがちょっとあったんです。
まわりに勧められて始めたレースでしたが、やってみると勝つか負けるかという世界に魅力を感じました。僕は、死ぬまで何かと戦っていきたいという気持ちがありますね。
森下 それは、長年勝負の中に身を置いてきた魂みたいなものがあるからでしょうか。
山﨑 どんな小さなことでも、「あいつに負けたくない」という気持ちを忘れたときには男じゃなくなると思っています。これから50代に突入しますけど、常に負けたくないと思えるライバルを作ろうと思っています。
森下 刺激を自分で作り出していこうということですね。
山﨑 そうですね、やっぱりライバルがいないと面白くないですからね。
森下 コーティングはお客様に非日常を提供できる仕事だと思っているんです。それを皆さんに分かっていただくためには色々なアイデアを出さなきゃいけない。どうしたらいいアイデアが出るだろうと考えているのも経営者としての刺激を求めている部分だと思います。
経営者は不安との闘いだといいますけど、その不安も刺激のひとつなんですよね。それを求めてチャレンジするから見返りがあるのだと思うんです。
山﨑 自分がいいものを提供している、自分は調子がいいと思っていても、人が評価してくれなければ自己満足です。野村監督から「すべて人だぞ、人が評価するんだ、お前じゃないぞ」と言われました。それで僕も変わりましたね。
森下 ビジネスは、自分が出したアイデアをどれだけの人が評価してくれるのか?というゲームだと思っているんです。ゲームを楽しんでいく中で、悪いときもあるし、皆に迷惑をかけて反省することもあります。今日の山﨑さんのお話を聞いていて、山﨑さんのレースとよく似ているなと思いました。
山﨑 レースや仕事を大変だけど楽しむ。でも、楽しむ中でも自分だけでやっているわけじゃない、スタッフさんや支えてくれる人たちのことを頭に置いておかなくちゃいけない。
やっぱり、人に助けてもらわなくちゃ何もできないんだというのは最近特に感じますね。
森下 僕もスタッフに感謝して、これからもチームとしてやっていきたいと思います。
-- 山﨑武司プロフィール --

●経歴
・愛知県知多市出身 1968年11月7日生まれ
・中日ドラゴンズ(1987~2002)
・オリックス・ブルーウェーブ(2003~2004)
・東北楽天ゴールデンイーグルス(2005~2011)
・中日ドラゴンズ(2012~2013)
●通算成績
・2,249試合 1,834安打 403本塁打 1,205打点 打率.257
●獲得タイトル
・本塁打王:2回・打点王:1回・最多勝利打点:1回
●GAZOO Racing 86/BRZレース
2015年より滋賀トヨタ・ネッツトヨタ滋賀のチーム「OTG TN滋賀86」に所属し、クラブマンクラスに挑戦中。
■86レース(GAZOO Racing 86/BRZ)とは
2013年にスタートした国内Aライセンスがあれば誰でも参加できる本格FRスポーツカーのワンメイクレース。プロドライバーが参戦できる「プロフェッショナル」シリーズとアマチュアドライバーしか参加できない「クラブマン」シリーズがある。
■ウエラ名古屋と86レース
山﨑武司さんの愛車へのコーティングのみならず、86レースで使用するレーシングカーへのコーティングも施工。スポンサーとして山﨑武司さんの86レースを支援している。